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千葉地方裁判所 昭和59年(ワ)976号 判決

原告

鈴木幹男

右訴訟代理人弁護士

清井礼司

被告

日本国有鉄道

右代表者総裁

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

鵜澤秀行

右訴訟代理人

矢野邦彦

右訴訟代理人

和田芳男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告と原告との間に雇用関係が存在することを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告に、昭和三八年一月一日臨時雇用員として、同年四月一日試用員として、同年六月一日職員としてそれぞれ採用され、昭和五七年三月二四日からは千葉鉄道管理局勝浦運転区車両検査係として勤務していた者である。

2  然るに、被告は、原告を日本国有鉄道法三一条により免職したとして、原告が被告の職員としての地位を有することを争っている。

3  よって、原告は被告に対し、原・被告間に雇用関係が存在することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2の各事実は認める。

三  抗弁

被告は、昭和五九年六月二二日千葉鉄道管理局長名で、原告を日本国有鉄道法三一条により免職処分に付した。処分事由は、次のとおりである。

1  原告は、昭和五七年一一月二二日、前日からの徹夜勤務を終え、午前九時頃勝浦市平田の自宅に帰ったが、その日友人と魚釣りの約束をしていたので、自己所有の普通乗用車(千葉五六す八一〇一号)を運転して出かけ、勝浦市の松部海岸で魚釣りをした。その後午後六時四五分頃、原告は同市沢倉の堤防に移って釣りをしたが、この日は小雨が降っていて寒かったので、体をあたためるために午後九時頃から一〇時頃にかけて車の中にあった清酒三合(ワンカップ三本)を飲みながら釣りをした。そして、更に原告は午後一〇時一〇分頃には御宿町浜海岸に移って釣りをしたが、釣れなかったので釣りをあきらめ帰宅しようとして、国道一二八号を大原町方向に向って前記自動車を運転して、時速約五〇キロメートルで進行中、自動車内の暖房のためもあって運転開始前に飲んだ酒の酔いがまわり注意力が散漫になったが、原告はそのまま運転を継続し、前同日午後一〇時五〇分頃千葉県夷隅郡御宿町浜五三二番地先道路上にさしかかったところ、同所スナックブルームーン前の道路左側端で客を乗せるため一時停止していた南総交通株式会社所属のタクシーに気づき、急制動をかけたが間にあわず同車に追突し、同車の運転手野口美智夫(当時三七才、以下「野口」という)に加療約一か月間を要する頸部捻挫、同車に乗りこもうと上半身を同車内に入れていた大塚隆(当時六一才、以下「大塚」という)に加療約一か月間を要する右側頭部挫傷兼裂創、脳震盪、左上腕部・左膝部打撲の各傷害を負わせた(以下「本件事故」という)。

2  原告は右事故発生直後の前同日午後一一時五五分頃現行犯逮捕され、同月二四日釈放されたが、昭和五八年二月二一日右事故について、業務上過失傷害罪並びに道路交通法違反(酒酔い運転)の罪により千葉地方裁判所一宮支部に起訴された。そして、同年五月二六日同裁判所において懲役九月執行猶予三年の有罪判決を受けた。原告はこれを不服として同年六月三日東京高等裁判所に控訴したが、同年九月一九日同裁判所において、控訴棄却の判決を受け、原告は更に最高裁判所に上告したが、昭和五九年一月一一日最高裁判所第一小法廷において上告棄却の決定を受け、ここに、前記千葉地方裁判所一宮支部で受けた有罪判決は確定した。

3  被告の千葉鉄道管理局長は、同局内職員に対し、輸送業務に職を奉ずる職員として交通事故をひき起こすことのないよう、特に飲酒運転は絶対にしてはならない旨再々にわたり通達等をもって注意していたにもかかわらず、原告が飲酒運転の上人身事故をひき起こしたということで、懲役九月・執行猶予三年の有罪判決を受けこれが確定したことは、輸送業務に携わる国鉄職員として著しく品位を傷つけ信用を失墜する行為であると認め、日本国有鉄道就業規則第六六条一六号に該当すると判断し、昭和五九年五月三〇日原告を日本国有鉄道法第三一条により免職処分に付する旨の通知をなし、弁明弁護の手続を経て、同年六月二二日免職処分に付したものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、酒の酔いがまわり注意力が散漫になったこと、事故の原因及び過失の態様を否認し、その余は認める。本件事故現場付近の道路は、S字状にまず右カーブを描き、続いて左カーブとなっているが、タクシーは、右カーブから左カーブへ流れる頂点の位置に停車していた。このため、原告は、タクシーを約四〇メートル手前で発見し、その右側方を通過しようとして自車の一部を反対車線に移動させたが、その時点では対向してくる大型トラックを発見することは不可能であった。そして、タクシーに直近して初めて右対向してくる大型小ラックを認め、同車との正面衝突を避けるため、直ちに急制動をかけながら左転把し、その結果停車中のタクシーに追突したものである。

2  同2及び3の各事実は認める。

五  仮定再抗弁

次の事情に鑑みると、本件事故に対する懲戒処分はせいぜい停職にとどまるべきものであって、極刑である免職を選択した本件処分は、懲戒権者の裁量権を濫用した違法なものであって、無効である。

1  被害者に対する誠意

原告は、被害者大塚の入・通院に付き添い、病院で順番取りをし、しかも八街~勝浦間の送り迎えに被害者野口の勤務先のタクシーを利用し、示談に際しても身銭を切っている。原告は、右のように被害者に十分な誠意を尽し、房総方面のエリート企業たる被告の職員としてのモラルの高さを事故関係者に印象づけたのである。

2  処分の不均衡

本件処分は、被告千葉駅職員田村嘉幸(以下「田村」という)が左記の事故について停職六か月の処分を受けただけなのと比較すると、著しく均衡を失する。

(一) 田村の起こした事故の内容

田村が昭和五七年一月三日銚子市末広町二番地六先路上で起こした人身事故は、ビールをコップ七杯飲んだ上、制限速度四〇キロ毎時のカーブを六五キロ毎時で抜けようとしてハンドルを切りすぎ走行中のタクシーの右後部ドアに自車を衝突させ、車体を破損させたうえ、

運転手藤代秀利(当時四八才)に、右第八肋骨・右ひざ打撲(加療二〇日間)

客安藤眞一(当時二四才)に、右頬骨打撲(加療一〇日間)

客長谷川忠(当時二四才)に、左前額打撲(加療一〇日間)

客高橋保(当時二三才)に、左前頭部打撲・頸椎捻挫(加療一〇日間)

の各傷害を負わせたものである。

(二) 田村の情状

田村には、昭和五三年一一月一八日通行区分違反、同五五年一一月一三日制限速度違反の前歴がある。

また、田村の場合には、示談についてすべて保険会社が代行しており、被害者に対する誠意という点で原告より劣っており、勤続年数も僅かで、被告に対する貢献度という点でも原告より劣っている。

六  仮定再抗弁に対する認否

1  仮定再抗弁冒頭の主張は争う。

2  同1の事実中、原告が被害者に対する誠意を十分尽したことは否認し、その余は不知。

3  同2の事実中、田村の処分が停職六か月であったこと、田村の起こした事故の内容、田村の前歴はそれぞれ認めるが、その余は争う。

第三証拠

本件記録中の書証目録、証人等目録に記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因1及び2の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  抗弁について

1  抗弁1の事実中、本件事故当時原告において酒の酔いがまわり注意力が散漫になっていたことと、本件事故の原因及び過失の態様とを除き、その余の事実は、当事者間に争いがない。

そこで、本件事故の原因について判断するに、(証拠略)によれば、原告は、本件事故当時酒の酔いがまわって注意力が散漫になり、そのため本件事故現場に一時停止していたタクシーに気づくのが遅れて同車に追突し、本件事故を発生させたことが明らかであるといわなければならない(ちなみに、原告は、本件事故直後の昭和五七年一一月二二日午後一一時五〇分頃の飲酒検知において、呼気一リットルにつき〇・七五ミリグラムのアルコール量を保有しており、右検査時における言語状況は「しどろもどろ」であり、歩行はふらつき、直立させても六秒でふらつくという状況であった)。

原告は、本件事故の原因について、本件事故現場付近の道路がS字状のカーブになっているところ、タクシーが右カーブから左カーブへ流れる頂点の位置に停車していたため、その右側を走行すべく自車の一部を反対車線に移したがその時点では対向車を発見することができず、タクシーに直近して初めて対向車を認め得たため、正面衝突を避けるため、やむなく急制動をかけるとともに左転把してタクシーに追突した旨主張する。しかしながら、(証拠略)によれば、本件事故現場付近のカーブは極めてゆるやかなカーブであり、道路左端に停車していたタクシーの右側を通行すべく原告が自車の一部を反対車線に移行した際、タクシーに直近するまで対向車の発見が不可能であったと認められる道路状況では全くない、ことが認められ、原告の右主張は採用し得ない。

2  抗弁2及び3の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

三  仮定再抗弁について

1  被害者に対する誠意について

(証拠略)並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は、被害者大塚と昭和五八年五月二五日、同野口と同年三月一四日、被害車両の所有者である南総交通株式会社と同年二月二三日、いずれも示談を成立させ、示談金のうち、保険金で賄われたのは合計金八二万一六五五円であり、合計約金二五〇万円は原告が自ら出捐したこと、右示談成立後には、右被害者らはいずれも原告について寛大な処分を願う旨の嘆願書を提出していること、原告が大塚の入・通院に、何回か野口の勤務先会社のタクシーを利用して送り迎えをしたり、診察の順番取りをしたこともあることが認められ、この認定に反する証拠はない。

しかしながら、他方、(証拠略)によれば、被害者大塚は、昭和五七年一二月二五日の時点では、「原告が一回見舞に来ただけで誠意がない」旨、昭和五八年四月一三日の時点でも、「原告が相変らず不誠意で話合いにも来ない」旨担当検察官に訴えている事実が認められ、この認定に反する証拠もない。

2  田村に対する処分について

田村の起こした事故の内容、田村の前歴、田村に対する懲戒処分が停職六か月であったことは、いずれも当事者間に争いがない。

3  裁量権濫用の有無について

原告は、原告が被害者に対して誠意を尽したこと、田村に対する処分が停職六か月であったことに鑑み、本件事故に対する懲戒処分はせいぜい停職にとどまるべきものであって、極刑である免職を選択した本件処分は、裁量権を濫用した違法なものであって、無効であると主張する。

よって、検討するに、日本国有鉄道法三一条一項は、被告の職員が懲戒事由に該当するに至った場合に、懲戒権者たる被告の総裁は、懲戒処分として、免職、停職、減給又は戒告の処分をすることができる旨規定している。しかし、懲戒事由に当たる行為をした職員に対し、懲戒権者がどの処分を選択すべきかについては、法律上の規定はもちろん、被告の業務上の規程にもその具体的基準の定めはない。したがって、懲戒権者は、どの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる行為の外部に表われた態様のほか、右行為の原因、動機、結果等を考慮すべきことはもちろん、更に、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情をも斟酌することができるものというべきであり、これら諸事情を総合考慮したうえで、被告の企業秩序の維持確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきである。しかして、どの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようにかなり広い範囲の事情を総合したうえでなされるものであるから、右の判断については、平素から職場の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる者の裁量に任せるのでなければ、到底適切な結果を期待できないものといわなければならない。したがって、裁判所が懲戒処分の適否を審査するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と当該懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである。

そこで、これを本件についてみるに、

(一)  まず、原告の誠意であるが、前認定程度の誠意は、飲酒運転による事故を起こした加害者として当然とって然るべき態度であり(本件事故後、数か月間の間は、被害者大塚はむしろ原告の誠意のなさに憤慨していたのである)、格別にこれを特筆して、そのために本件処分が社会観念上著しく妥当を欠く、と非難することはできない。

(二)  次に、田村に対する処分との比較であるが、(証拠略)によれば、事故を起こした当時におけるアルコール保有量が田村の場合には呼気一リットルにつき〇・二五ミリグラムで未だ酒気帯びの程度であったこと(原告の場合は、前認定のとおり、〇・七五ミリグラム保有し、酒酔い状態であった)、原告は、本件事故前の昭和五〇年九月にも酒酔い事故を起こし、罰金三万五〇〇〇円、免許停止九〇日の処分を受けていること、また、原告は、昭和四四年五月九日自転車盗、昭和五七年三月二六日無銭飲食でそれぞれ逮捕された前歴(いずれも起訴猶予)を有すること、田村は、平素の勤務態度が良好であったのに反し、原告は、昭和五六年五月と昭和五七年三月に各八日間程の無断欠勤があったうえ、病気欠勤も非常に多いこと等の諸事実が認められ、右諸事実に鑑みれば、単純に田村に対する処分との比較から、本件処分が社会観念上著しく妥当を欠く、ということもできない。

(三)  よって、本件処分が裁量権を濫用した違法なものであるとはいえない。

四  以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増山宏)

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